減少する消費者金融業者

1986年をピークとして年々減少する貸金業者

国内における貸金業者の数が年々減少の一途をたどっています。下記の図表を見れば分かるように、昭和61年度の47,504件を頂点として、その後は徐々に下降線となり、2006年の貸金業法改正前後から急激に減少しているのが分かると思います。

 年 度 貸金業者数   主な出来事
 1986年  47,504  貸金業法改正、上限金利73.0%→54.75%
 1987年 44,471  
 1990年  37,163  
 1991年 36,146  貸金業法改正、上限金利54.75%→40.0004%
 1992年  37,217  
 1998年  31,414  
 1999年  30,290  
 2000年  29,711  貸金業法改正、上限金利40.0004%→29.2%
 2001年  28,986  
 2004年  23,708  
 2005年  18,005  
 2006年  14,236  貸金業法改正、グレーゾーン金利無効→過払い金発生
 2007年  11,832  
 2008年  9,115  
 2009年  6,178  
 2010年  4,057  貸金業法改正、上限金利29.2%→20.0%
 2011年 2,589  
 2017年  1,865  
 2019年  1,716  

消費者金融の減少率

貸金業者が減少した理由

消費者金融の数が減少していった理由はいくつかの要素が絡み合いますが、第一の理由に2006年に施行された貸金業法改正があります。当時の上限金利は29.2%でしたが、それは出資法で定められたもので利息制限法では18.0%(10万円〜100万円)と規定されています。

それを知っていながら当時の貸金業者は都合の良い解釈をし、長年にわたって出資法の上限金利を採用していたわけですが、最高裁判決によりこれは違法と認定されてしまうことになります。しかも、過去10年間にまで遡って違法に取った過払いの金利を払い戻すこと命じたものだから、これによって膨大な数の消費者金融が倒産していきました。

代表的な例をあげれば、最大手であった武富士をはじめとして、三洋信販、三和ファイナンス、クレディア、日立信販、ニッシンといったテレビCMにも登場していたような貸金業者が軒並み消えていきました。

躍進するカードローン業界

消費者金融業者が減少する一方で、躍進したのは銀行系列のカードローンです。もともと銀行は個人向けの信用ローンには乗り気ではなく、企業向けの有担保ローンを中心に扱っていましたが、バブル崩壊以降の莫大な不良債権に直面し、それ以降方向転換を模索することになります。

もっとも、当時は莫大な赤字に苦しむ銀行業界とは対称に、空前の業績を上げていたのが消費者金融業界でした。90年代半ばに登場した無人契約機の大ヒットと、テレビCMの解禁によって、消費者金融の利用者は拡大の一途を辿っていた時代です。そんな姿を黙ってみているほど銀行業界も甘くはありません。

アコムやプロミスといった大手を傘下にして、個人向けローンのノウハウを吸収した銀行業界は、次第にその勢力を増していくこととなります。何しろ銀行はノンバンクとは違って資金の捻出を考える必要がないのが強みで、現在のようなマイナス金利の時代にあってはますます有利になります。

消費者金融とカードローンの対比

上記の図表が示すように、2015年前後で消費者金融とカードローンの融資残高の総額が逆転しています。そしてそれ以降は年々格差が広がるばかりで、もはや個人向け融資の大半は大手カードローンの寡占状態にあるといってもいいでしょう。そしてこれから先、消費者金融業者が盛り返すことは余程のことが無い限り、考えられません。

消費者金融業者が生き残る道は、大手カードローンで借りれなかった人への融資で細々と営業をしていくより道はないと思われます。

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